2016年08月20日

支援される国のイメージ

昨日Facebookを開いたところ、
タイムラインの上に「写真誕生から177年」のお知らせ(?)が。

何のことかとググって(って今も言うのかしら)みたところ、
1839年8月19日にフランス学士院(国立アカデミー)で
ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが世界初の実用的写真撮影法である
ダゲレオタイプを発表した、と出てきた。

何のことかと思って調べてみたものの
あまり良く分からない(笑)のだが、
日本で言うところの銀板写真というやつの技術が
正式に世の中に知らしめられた日から177年(中途半端…)
ということらしい。
続きを読む
11:05 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

普遍的な初等教育の達成

 達成できなかったミレニアム開発目標のひとつは、「2015年までに、すべての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにする」ことです。
 カンボジアでは、多くの子ども達が依然として小学校に行くことができないでいます。
 エファジャパンは、そのような子ども達のために非公式に初等教育の基礎を学べる寺子屋教室を現地の市民団体と共に運営していますが、先日興味深い映像を教えてもらいました。
 ぜひご覧ください。
 https://www.youtube.com/watch?v=6v4SRboKSe8
(大)
22:49 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月05日

着任ごあいさつ

8月1日付けで事務局長候補としてエファジャパンに採用となりました小宮と申します。立派な事務局長となれるよう、大島前事務局長の下で修行中です。研修終了後に正式に事務局長に就任する予定ですが、しばらくの間、関係各位にはご迷惑をおかけすることと思います。広いお心で見守っていただければ幸いです。

前職は法務省で保護観察官をしておりました。非行や犯罪に陥った少年や成人の社会復帰を支援する仕事です。東京、大阪、沖縄での勤務経験があり、各自治体の福祉部門の方々にはとても助けていただきました。

私は大学4年時に中国で国際交流の体験をしたことからアジアに目覚め、以後、時間とお金を工面してはバックパッカーとしてアジア各国を旅し、国内ではバングラデシュの孤児院を支援するNGOに参加して楽しく活動をしていました。

そのうちどうしてもアジアで暮らしたくなり、万策を尽くして、20代末の2年間、法務省からタイの大学院に留学させてもらいました。ソーシャルワークを勉強し、タイのいくつかのNGOでボランティアをして、スラムで暮らし薬物に手を染める少年たちや、人身売買の被害に遭った少女たち、そして彼らに寄り添い社会の不正義と人生を賭して闘う、素晴らしいタイの社会事業家の人々と出会いました。

当時、日本の法務省はタイで少年院(職業訓練校)を建設するJICAプロジェクトを実施していましたが、旧来の少年院の環境は劣悪なままでした。私は自分でNGOを設立し、留学生仲間と共に少年院の環境改善のための活動を行ないました。留学終了後は私自身もJICA専門家として半年ほどタイの刑務所改善の仕事をしました。

任期を終え帰国すると、法務省に国際協力部が設立され、主にベトナム、ラオス、カンボジアで立法や司法に携わる人々の育成支援が精力的に行なわれるようになりました。私は同部にリクルートされ、翌年から3年間、JICA専門家としてラオスの法務省、最高裁判所、最高検察庁での人材育成プロジェクトを指揮し、充実した時間を過ごしました。

しかし、私のアジア・バブル″はついに終焉を迎え、ラオス後の10年間、私は保護観察官として日夜ひたすらに働き、アジアとの縁は失われていました。このまま保護観察官の仕事を続けるのか、あるいは法務省を飛び出して国際協力の世界に戻るのか、少しだけ悩んで後者の道を選び、縁あってエファジャパンの一員となりました。

エファジャパンの活動を通じて、再びアジアの子供たちの笑顔に出会えることは、私にとって何にも勝る喜びです。インドシナの地に一つでも多くの笑顔を花開かせることができるよう、私自身も常に笑顔で活動したいと思います。今後ともエファジャパンへの変わらぬご支援をよろしくお願い申し上げます。 

(小)
13:01 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

元気に夏を乗り切る

昨日関東地方もようやく梅雨明けとなりました。
今年は梅雨の期間が長く、7月下旬になってもすっきりしない天気が続いていました。

そんな天気のせいか、今月は我が家の子どもたちの体調もいまひとつに。

続きを読む
13:56 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

気になる為替相場の変動

日本円で給料を受け取り、海外に駐在している日本人駐在員にとって為替相場の変動はいつも気になるもので、生計に直結します。

円高で恩恵(損失)を受ける人、円安で恩恵(損失)を受ける人、色々いますが、海外駐在員にとっては円高が嬉しい限りです。

私がエファに海外駐在員として勤務し始めた2011年は、ちょうど円高の時で最高$1=75円を付けました。今振り返るとあの頃は、「古き良き時代」でした。

しかし、私は当時駐在し始めたばかりで、円高といっても「ラッキー」としか考えておらず、為替相場の変動に強い意識を持っていませんでした。

$1=78円の時、試しにと思い初めて外貨預金として100万円を米国ドルに両替して外貨預金しました(この時、「試しに」でなく、もっと真摯に数年分の生活費を米国ドルに両替し預金すべきだったと、当時の自分の為替相場に対する意識の低さを今でも後悔しています) 。

それから2年後アベノミクスにより急激な円安となりました。

$1=118円まで下がった時に今度は外貨預金した米国ドルを日本円に両替し、約150万円になって戻ってきました。

地方の外れの銀行だったため、あまり外貨預金をする人がいないのか、担当した行員の人も「良かったですね〜」と100万円が150万円になったのに少し驚いた様子でした。

私のほうは、「昔は100万円で生活できたことが、今は150万円かかるので、海外で生活している身としては苦しいんですよ」と返答しました。それから円安はさらに進み、今から1年前には$1=125円になりました。

その頃は、個人的にも海外で支援事業をしているNGOに取っても財政的に暗黒期でした。

円安に苦しんでいる日本の一部のNGOの中には、円安で利益を上げている日本の企業に寄付を募ろうという動きもありました。

ここ4年間の円高から円安の進行が生計に直結したお蔭で、これまでに経済に無知でしたが為替相場のことを自分なりに調べ予測し、少しですが経済の仕組みも分かるようになりました。

ただ自分なりに調べた結果、週刊誌は円高に振れると「$1=60円の円高時代が来る」、円安に振れると「$1=150円の円安時代が来る」と極端な事を書き立て、エコノミストによる為替相場の予測は参考にはなってもあまり当たらないため、最終的には為替相場の予測には自分の判断が重要になるという結論に至っています。

今は$1=106円辺りで為替は動いており、円安も随分収まり(来週は海外駐在員から見れば為替操作である追加緩和を日銀が実施し円安が再度進行する確率が高いようですが)、個人的に暗黒期からは脱した気分です。

もう、円高・円安に振り回されるのなら、一層$1=100円の固定相場制にしてくれたほうが気分的に楽なのにと思うこの頃です(が、先月イギリスがEU離脱を決めた時のように$1=100円を切りそうになると、欲が出てしまいそうです)。

(崎)
16:41 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

ちょっと大胆にしてみたい

エファジャパンでは、支援していただいている団体の事務所や
全国のボランティアセンター、国際交流センターなどへ
書き損じハガキ募集のポスターを配布している。

1月と夏の年に2回。

1月は、大抵年賀ハガキをターゲットに新春ムード満載のものを、
夏には書き損じハガキと古本募金の案内を並べた
1枚で2度おいしいパターンのものを。

デザインは以前広告会社でデザインの仕事をしておられた方に
毎回ボランティアで制作していただいたいていて、
エファジャパンのスタッフはいつも新作を楽しみにしている。
続きを読む
17:07 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

フセイン時代に戻りたい

 2003年にイギリスがイラク戦争に参戦した際の意思決定過程と侵略後の統治政策を検証した報告書が公表されました。
 報告書は、「平和的な解決手段を尽くす前に侵攻した。この時点では軍事行動は唯一の手段ではなかった」と断じています。

 終戦直後にイラクの首都バグダッドを訪問した際、占領時の民生部門に従事していたアメリカ軍の予備役の兵士達が己の任務に疑問を持っていたり、戦後イラクの教育復興を担当するアメリカ人幹部がアメリカの教科書を導入しようと考えていたり、という状況から、戦後の統治がうまくいくわけがないと確信していました。

 イラクの現状は、その通りになっています。

 最近、BBCにアップされた興味深いインタビューを見つけました。
 http://www.bbc.com/japanese/video-36721293
 https://www.youtube.com/watch?v=ZDGY4egHxjk

 2003年にアメリカとイギリスがイラクを侵略し、サダム・フセインの政権を倒した時、真っ先に大統領の銅像を壊しにかかった男性がいた。
 彼はオートバイの修理屋でフセインのオートバイを修理したこともあったが、彼の不興を買い1年半も投獄された経験をもつ。大勢の家族も彼に殺された。
 そのためフセイン政権が倒された時は非常にうれしかったが、戦後の混乱を経験し、今では米英の侵略を支持したことを後悔している。
 彼は言う。
 「サダムはいなくなったが、今では1000人のサダムがいる」

(大)
13:33 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月01日

昨日のエファボラ

昨日は月に1度の事務局ボランティアデ―(通称エファボラ)でした。

ムシムシする梅雨の天気のなか、総勢9名のボランティアさんが参加してくださいました。毎月来てくださるボランティアさんから、はじめての方、久しぶりに顔を見せてくださった方も。皆さんの和気あいあいとした雰囲気で、エファ事務所もにぎやかな一日となりました。

いつもの発送作業やエファグッズの棚卸しに加え、支援者から届いた書き損じハガキ・切手の仕分けや整理、そしてカンボジアの障がい者支援団体から新しく入荷したグッズの検品や包装作業をやっていただきました。
続きを読む
16:33 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月25日

ベトナムでの児童中心型教育推進の難しさ 

多くの途上国では、教師が生徒に対して一方的に説明し、暗記中心の教師主導型の教育から、子ども達の関心や興味に基づいて能動的に学ぶ児童中心型の教育への転換が図られています。

それと並行して、先進国からの援助で多くの児童中心型教育のプロジェクトが途上国の学校で実施されてきました。

しかし、それらのプロジェクトでは、「児童中心型の教授法の研修を行なっても、すぐに教師が元の教師主導型の教授法に戻ってしまう」という課題がよく聞かれます。

ベトナムでも、1990年代から児童中心型の授業の導入が推奨され、他の途上国と同じようなプロジェクトが行なわれてきましたが、上記の課題を未だに抱えたままです。

その原因は幾つかありますが、ベトナム人の子どもの躾に対する態度を見ていると、ベトナム社会全体で「子どもを管理する」という考えが根強いことも一因のような気がします。

ベトナムの教師やその他の大人と話をする機会がある時に、子ども達を管理するのではなく、子どもにある程度自由を与えて自己管理ができる方向へ導くべきだと言っても、「日本は安全で生活環境も良いから、子ども達に自由を与えて、自己管理させるように仕向けることができる。でも、ベトナムには良くない人や悪い慣習がたくさん存在する。それらに関わらせることなく、子ども達をきちんとした良い大人に育てるには、子どもを細かく管理せざるを得ない」と言う返事が返ってきます。

社会は教育に影響を与え、そして教育も社会に影響を与えるように、相互に影響しあっています。

しかし、教師やその他の大人が子どもを管理する対象として考えている限り、今のベトナムでは教育現場だけで児童中心型に変えようとしても、社会という大波に飲まれ、消えていってしまっている気がします。

ベトナムの学校授業の質は上がってきていると思いますが、子ども達が創造力を働かして能動的に考える児童中心型の教育を実践できるようになるにはまだまだハードルが高いのかなと、感じています。

(崎)
11:07 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月17日

しつこいようですが… 認定取得しました!

これまで数年をかけて準備をして来ましたが、
ついに6月14日、エファジャパンは認定NPO法人になりました!

エファジャパンWebサイトでも専用ページを作ってお知らせしています。

エファジャパンの会員やパートナーのみなさまには
別途お知らせをお送りしているほか、
今後しばらくは機会がある度に告知する予定です。

6月14日以降エファジャパンにご入金いただく
会費(正会員の会費を除く)、寄付・募金、支援金について
税制優遇が受けられるようになりました。
続きを読む
15:27 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする