2016年11月26日

ラオス・山岳地域への出張

先週〜今週にかけて、ラオス北東部のフアパン県へ出張に行って来ました。

フアパン県は山間部に囲まれた地域で、舗装されていない山道もたくさんあって四輪駆動車で移動しなければなりません。

道中、橋が壊れている川があり、浅瀬を車で渡ろうとしたところ、車のタイヤが岩と岩の間に挟まり、動かなくなってしまいました。

すると間もなく、近くの村の若者たちがどこからともなく20人くらい、車を押すのを手伝いに来てくれました。

言葉が分からない私は横に立ってずっと見ているだけなのですが、村の若者たちがとても賑やかに楽しそうに車を押します。

「助けてあげている」という雰囲気を全く感じさせない陽気な彼らの態度に、普段からこんな感じで互いに助け合いながら生活しているのかな、と感銘させられました。

川の中を皆びしょ濡れになりながら車を押し続け、1時間くらいして漸く車のタイヤを岩から引き上げ、車を川から押し上げることに成功しました。すると一斉に歓声が上がり、手伝いにくれた若者達は足早に去って行きました。

その時既に18時を過ぎ、辺りも暗くなっていたので、山道を移動するのは安全ではないとの判断から、その日の昼間に訪問していたタムラヌア村の人にバイクで迎えに来てもらい、車は川のほとりに停めたままにしてタムラヌア村に戻ることにしました。

夕食はこの村の家でご馳走になることになったのですが、家は木造の高床式住居で、日本の数百年前の家もこんな感じだったのかなと思わせるような造りでした。

家の中では御爺さんと高校生くらいの女の子2人、弟らしき小学生くらいの子1人が、薄暗い電気の中、火を付けた薪の周りに集まって、特に何をするのではなく、ひっそりと温まっています。

家には小さなテレビ以外特に何もなく、こんな環境では放課後家に帰宅しても勉強も出来ず、特に何もすることがないだろうなあ、と思う一方で、特に何かに急かされて生きているのではなく、貧しいながらも寄り添いながら家族一緒に住んでいる姿に、妙に共感させられました。

今日はここで寝るのかなあ、まあ一晩くらいなら経験としていいかな、と思っていると村の人が気を遣ってくれたみたいで、村で唯一のレンガ建ての家に移動し泊まることになりました。

レンガ建ての家に移動すると3GのモデムをPCに差し込み、仕事のメールをチェックしている自分に、「ああ、日本人だな」と実感しました。

(崎)
18:29 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月09日

岡山に行きました

あぁ、気づかないうちに日付はもう11月(汗)。
年末まであと2か月も無いなんて…。

年によっては準備万端で新年を迎えることも(たまには)あるけれど
今年は12月の頭に1週間の出張も予定していて
きっと何やら訳が分からないまま年が明けてしまう予感(あぁ、焦)。


などという嘆きはさておき、まずはお知らせを2件ほど。
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14:26 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月28日

モスル

 10月17日からイラク政府軍やクルド人部隊は、過激派組織IS(自称イスラム国)のイラク最大の拠点そしてイラク第2の都市モスルの奪還作戦を開始しました。
 2003年3月にアメリカ軍とイギリス軍を中心とするイラクへの軍事介入が行われ、同年5月には「大規模戦闘終結宣言」が出されました。筆者は、その直後にヨルダンからイラクに入り、モスルで開かれたアメリカ軍が主催する戦後復興の会合に出席した経験があります。アメリカ兵のボディチェックを受けて入った会場には、欧米の主要な民間援助団体が集まっていました。
 そして10年以上経過した現在、モスルはISに占領され、アメリカ軍も支援して奪還を試みています。おそらく政府軍側の勝利に終わるでしょうが、ISの戦闘員が世界に拡散しテロが頻発する可能性は既に予想されています。
 2003年の開戦直後、ヨルダンの英字新聞に「パンドラの箱が開かれた」というコラムが掲載されました。ギリシア神話では、箱が開かれ、あらゆる災禍が外へ飛び出したが、「希望」だけが箱の底に残ったそうです。イラクの人々が「希望」を手に入れるのは、いつになるのでしょうか。
(大)
17:28 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月20日

ラオスに出張中です

 10年ぶりの首都ビエンチャンはひなびた雰囲気から一転し、オシャレなお店で溢れています。近隣国からカフェやバーが進出し、コンビニのチェーン店がそこここにあります。私もナイトライフを楽しみながら、ビエンチャンはこんなに発展したのに、ああ私はこの10年何をしていたんだろう、などと反省したりしています。
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10:53 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月07日

あるお客さんとのやり取り

8月の自治労定期大会でエファグッズを買ってくださった方から、数日後、エファ事務所に電話がありました。

「(カンボジアの障がい者支援団体で製作された)ペンケースを気に入って買ったが、ファスナーがすぐに壊れてしまった。気に入っていたのでとても残念で、もし在庫があれば交換して頂けないでしょうか・・・」とのこと。

すぐにお詫びをし、本来ならば別の新しいものと交換させていただくところなのですが、あいにく在庫がすべてなくなってしまい、今後の入荷も未定で、代わりのものをすぐに用意することが出来ず・・・。

改めて丁重にお詫びをし、返金させていただく旨をお伝えし、一旦は話が終わりました。
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16:55 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月30日

途上国の教師の給与は本当に低いのか?

「途上国では教師の給与が低いため、優秀な人材が教師になりたがらず、教師の質が低い」とよく言われます。ベトナムでもこのようなことをよく耳にします。

しかし、本当に教師の給与は低いのでしょうか?

例えば、ベトナムでは公立の中学校に勤務する40歳の教師の月当たりの給与は大体500万ドン(日本円で約23,000円)で、確かに低いと言わざるを得ません。

しかし、日本のように塾や予備校専任の講師がほとんどいないベトナムでは、副業として教師の多くが放課後自分の家などで、子ども達に勉強を教えています。

例えば、放課後教師宅に20人の中学生が来て、2時間授業を受けたとします。このような場合、ベトナムの平均的な地方都市では、中学生1人当たり5万ドン(230円)の授業料が大体の相場と考えられます(ハノイやホーチミンではもっと高い)。

20人×5万ドン=100万ドン(約4,600円)の 収入を、一晩の副業の授業で教師は得ます。

週5日、4週間教えたとして、100万ドン×週5日×4週間=2千万ドン(約9万2千円)の収入を1ヵ月の副業の授業で得ます。

これに正職の学校教師としての給与500万ドンを足すと、2千500万ドン(約11万5千円)の月収入です。

この収入の額は、現地の日系企業で働く日本語検定1級(ものすご〜く大雑把に言って、英検1級にあたる日本語検定版の1級)レベルのベトナム人の給与の額と同じくらいです。

ただし、この例は生徒が集まり易い英語や数学の授業であって、生徒がそこまで集まらない国語や理科、社会の教師は、放課後に私的に授業を開いても英語や数学の教師ほどの収入は得られないようです。

放課後に教師が個人的に開講する授業のほうが収入が良いと言うケースは途上国ではよくある話です。

少なくともベトナムの都市部のケースを見ると、確かに正職の教師としての給与は低いですが、副業の教師としての収入も考慮に入れると、その低さが原因で優秀な人材が集まらないとは一概に言えないと思います。

一方で、山岳部や遠隔地では、確かに優秀な人材は教師になりたがりません。ベトナム政府は山岳部や遠隔地で勤務する教師の給与の額を割り増しにしています。

しかし、都市部と比べて、人口(生徒数)が少なく放課後に個人的に授業を開講してもそれほど生徒数が集まらないうえ、物価が安いため、都市部ほど授業料を生徒達から徴収することができません。

結果として、副業を含めた全体の収入は都市部よりも低いうえ、生活環境も厳しい中で、山岳部や遠隔地で教師として働きたい人はあまりいません。

ベトナムのGDPには、教師の収入は正職での給与(例:40歳で月500万ドン≒2万3千円)しか含まれておらず、副収入 (例:40歳で月2千万ドン≒約9万2千円) は含まれていません。
 
このようにGDPにはカウントされていない経済活動が途上国には色々あります。これらを見極わめなければ、その国の人達の経済状況を誤解してしまいます。

(崎)
11:11 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

これから、です。

今朝出勤前にテレビをつけていたら
情報番組から卓球の福原愛選手の
結婚(報告?)会見の様子が流れていました。

出かける直前の少しの間だったのでちょっとしか聞きませんでしたが、
結婚会見というと、相変わらず「嫁の料理」の話になるんですね。

オリンピックメダリストだろうが、
ミリオンセラーの歌手だろうが、
結婚した女性=料理、の構図は崩れないようで。

みなさん、愛ちゃんが相手に食べさせる料理が美味しいかどうか
興味ありますか?

それとも他に聞くこと思いつかないのかしら。

なんてな。

今日の話題はこれじゃありません。


エファジャパンHPの「最近の活動」について。
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15:37 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月17日

フェイスブック

Facebookに今まで関心はありませんでしたし、今も関心はありません。
しかし昨年アイルランドを訪問した際、友人からアカウントを開くように勧められ、始めました。
とは言え、関心がないので、ここ1年以上投稿していません。
ただアイルランドの「友達」から投稿の連絡があるので、時々「いいね!」はクリックしています。

アイルランドの「友達」の多くは、かつてバングラデシュでいっしょに働いたNGOのメンバーです。
イスラム教徒が多数を占めるバングラデシュでの生活経験があるため、イスラム教やイスラム教徒に対する悪意に満ちた偏見には、嫌悪と反感をもっています。

「友達」のひとりから、Facebookを通じて下記のYouTubeのビデオを紹介されました。
Jewish and Muslim Walking Together (Social Experiment)
https://www.youtube.com/watch?v=g2H1OkItvHs
明らかにアラブ人とわかる服を着た男性とユダヤ人とわかる服を着た男性が仲良く道を歩き、それを見た周囲の人々の反応を撮影したものです。
ユダヤ人地区とアラブ人地区での反応に注目してください。

(大)
18:54 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

善意の連鎖

着任から瞬く間に1カ月が過ぎました。おかげさまで楽しんで仕事をしています。ありがたいことです。

公務員時代、予算執行の原則は「効率第一」でした。
今は、出資者の思いをどうしたら現地の人々に伝えられるかに心を砕くようになりました。思いが伝われば、その善意はいつか彼の地で拡がっていく、そう確信するからです。

昔、善意の連鎖をテーマにした映画を観ました。
『ペイ・フォーワード 可能の王国』 (原題はPay It Forward)

ペイ・バックは仕返しをする、ペイ・フォーワード はその逆です。
映画では、中学1年生の男の子が、「世の中を良くするために自分にできることは?」という宿題に答えて、次のような提案をします。

人から親切を受けたら、3人に親切を贈る。その3人はそれぞれ3人に親切を・・・と皆が行動すれば、世の中は確実に良くなる。

そして少年は行動を起こし、少年に影響を受けた周囲の大人たちの善意のありようが、時にコミカルに、時にシリアスに描かれます。

衝撃のラストシーンで、彼を取り巻く大人たちは、彼が始めた善意の連鎖によって驚くほど大勢の人々が救われていたことを知るのです・・・。

9月のシルバーウィーク、お時間のある方はT屋でレンタルされてはいかがでしょう。最近めっきり涙もろくなった私など、子役が出てきた時点で涙目です。


我々の海外支援では、短期間での成果や形に残る支援を求められることがあります。一面で、これは仕方のないことです。

が、教育支援とは、人を育てる支援です。結果が出るまでに時間がかかります。その当然の事実を踏まえ、出資者の方々と共に良い事業を作っていければと思います。

安心してください。心の通った支援なら、いつか必ず善意の連鎖は起きます。
私自身、20年も前に受け取った善意のバトンを次の走者に渡すために、今エファにいるのですから。

(小)
16:30 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月02日

地域での学びの場

先月から仕事以外の活動として、地元の自治体が主催する「活動支援コーディネーター養成講座」というものに参加しています。

この講座は、多様化する地域での様々な課題に取り組む人たちのつなぎ役(コーディネーター)として活動する人を養成するために、ファシリテーション(話し合いの場づくりの技術)などを学ぶというもの。
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