2014年04月26日

カンボジアの思い出

初めてカンボジアで仕事をしたのは、1989年でした。ちょうど25年前になります。

1年間滞在しましたが、当時駐在していた日本人は10人以下。プノンペン市内数カ所のホテルに宿泊を強制されていました。

ベトナムの支援でクメールルージュの政権を倒し成立した、当時のヘンサムリン政権は、冷戦時の「西側」からは承認されておらず、援助もほとんどありませんでした。

今ではゲストハウスのケーブルテレビで、世界中のテレビ番組を見ることができますが、当時の楽しみはカフェでアイスコーヒーを飲みながら、香港、シンガポールあたりから入って来たカンフー映画のビデオを見ることでした。

ダビングにダビングを重ねたビデオは、登場人物の顔も識別できない程でした。

クメールルージュから解放され、大部分の人々が貧しいながら、普通の生活に戻っていく時代でした。

25年経ったプノンペンは、道端のゴミを拾う家族のそばを高級車レクサスが通過するような格差社会になってしまいました。

自分にとって変わらないものは、1日に3〜4杯は飲むアイスコーヒーだけです。昔も今も、氷が原因で腹をこわしたことはありません。

もっとも25年前と異なり、砂糖抜きで飲んでいますが。(大)


17:52 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月18日

ふりかえってみれば

先日、たまたま見ていたテレビ番組で、ある精神科の医師が
一つ一つの出来事に一喜一憂して、激しい感情表現をする人は、
実は心が折れやすいのだと説明していました。

状況に反応し、その都度感情を大きく表すことで、
心がエネルギーを消耗し疲れてしまうためで、
そうした感情のコントロールができない人は、
ついつい目の前の結果ばかりに目がいってしまい、
そもそも自分が何故それをやっているのかということを忘れてしまうのだそうです。

そして内向きになり、自分だけの世界に閉じこもってしまうので、
周囲との関係がなくなり、ますます弱っていくという悪循環に陥ってしまう。

反対に淡々と進めていくタイプの人は、
失敗を繰り返していても、その中で
「自分が成長・前進している」という気持ちを持つことが多く、
自分が今、何のためにそれをやっているかを理解できるので、
変化する状況に柔軟に対応することができる。

また、そうした人は、自分の過去を思い返す時にも、
辛い体験だけを思い出すのではなく、その時に周囲にしてもらったこと、
それで自分はどう乗り切ってきたかということを一緒に思い出せるので、
大切なことは何だったのかということに目がいくことになり、
粘り強く、折れない心を持てる。

こうした柔軟性のある思考を持つ人になれるかどうか、
そこで重要になってくるのが周囲の人たちとの関わり、
人間関係なのだそうです。

これまで、自分の歩んできた道をふりかえってみると、
本当にいろいろなことがありました。

泣いたり笑ったり、「あー、もうこれは絶対に無理だよな」と思ったことも。
そしてその都度、何と多くの人たちに助けられてきたことか。

このまま前に進んでもいいのか、違う視点で考えた方がいいのか、
友人・知人のさりげない言葉が、時にはそっと背中を押してくれたり、
ある時は大きな救いになったり。

改めて考えてみると、自分の人生はたくさんの人たちに支えられており、
周囲の人に恵まれていた私は本当に幸運だったのだなぁ、としみじみ感じます。

これからは、その分、他の人たちに恩返しをしていかないといけないですね。

さて、今回で私がブログを書くのは最後になります。

短い間でしたが、皆様には大変お世話になりました。
これからは応援団の一員として、外からエファを見守っていきたいと思います。

来月からは二人目の子どもを産んで、更にパワーアップした五十嵐が戻り、
10年目を迎えるエファにも本格的にエンジンがかかることになります。

どうぞご期待ください(中)
12:10 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

日本企業の高まるハイフォン市熱

ハイフォン市には大きな工業団地があり、多くの日本企業も進出し、現在ハイフォン市に駐在している日本人は500人くらい居るかもしれません。最近は、富士ゼロックスや京セラ、ブリヂストンがハイフォン市に工場を建てました。

2012年のハイフォン市での日本企業による直接投資額はハノイでのそれを上回っています。

日本食レストランもここ数年で増え続けており、現在は10軒近くの日本食レストランがハイフォン市にはあります。

それでも普通の日本人駐在員からすれば、ハイフォン市都市部自体は小さく娯楽も少なく、ハノイからも車で2時間かかるなど不便な所らしいです(ベトナムの農村に居た私からすれば、インフラ設備や便利さなどに関しては、ハイフォン市都市部は天国です)。

今後、ますます日本企業がハイフォン市に進出してくることが想定されます。

ハイフォン情報通信局では日本語でハイフォン市紹介のホームページも開設しています。

そして、NGO職員として日本企業とほとんど関係のないコミュニティで生活している私にも、高まるハイフォン市熱の余波がやってきました。 

ハイフォン市外務局からの依頼で、来週から週1回、外務局で政府関係機関職員40名余りに簡単な日本語を教える(手伝い程度を希望)ことに。

このように日本企業とハイフォン市の間で経済関係が強まっていても、エファの支援事業でハイフォン市の農村部に行ってみると、その経済水準はベトナムの平均的な農村部と変わりなく、都市部と農村部で経済格差が拡大していることを実感します。(崎)
18:57 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月04日

私のご近所さん問題

私が住んでいるマンションに、
以前エファジャパンの活動に参加していただいた青年と
ご両親が住んでおられる。

お互いの存在を全く知らないまま
偶然息子さんがエファの活動に参加し、
住所情報から同じところに住んでいると分り、
その後その母上ともマンションですれ違ったりする際に
言葉を交わすようになったのだ。

ところが最近、お会いするたびにこんな事を言われるようになった。

「寄付もなんにもしてなくてごめんなさいね」
「何か協力しなくちゃとは思ってるんですけど」
「いつも考えてはいるんですよ…」
 
続きを読む
12:25 | Comment(0) | - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする